森林公園ゴルフ場の概略と歴史
森林公園ゴルフ場では当時、世界選手権である「日本ゴルフリーグ選手権」を開催し、1961年(昭和36年)にはアーノルド・パーマーとゲーリー・プレーヤーが、1963年(昭和38年)にはサム・スニードが来場。世界的に著名なプロを積極的に招待し、模範競技会を開催しました。
1964年(昭和39年)12月から建設が進められていた「森林公園センター」が、1965年(昭和40年)10月末に完成しました。延床面積3,519m2の平屋建で一部半地下式の鉄骨造を持ち、特注の化粧レンガ壁など近代的なデザインを採用。奥深い軒、コロニアル葺きを持つ大屋根の連なりなど、平安調の風情も採り入れ、森林公園の広大な自然と美しく調和したものとなりました。このセンターは日本を代表する著名な建築家である村野藤吾氏の代表的な作品として知られ、多くの関心を引き寄せました。
1965年(昭和40年)11月、空高く3個のアドバルーンが舞い上がるなか、高松宮殿下、同妃殿下をはじめ、各界の来賓245名を迎えてセンターの竣工と36ホールの正式開場式が開かれました。両殿下の記念植樹後、東コース1番ティーグランドで始球式が行われました。
1968年(昭和43年)6月には旧アウトコースの5番ホール跡に20打席を持つ第2練習場が開場しました。同時に大広見池を横断するための歩道橋も架けられました。
1973年(昭和48年)にはキャディの就労対策として、電動手押しカートを100台導入。翌年には練習場にボール自動貸出機が設置されました。また、1972年(昭和47年)から2年間に渡り、長く急な坂道である西コース17番〜18番の通路、11番〜12番の通路にそれぞれリフトを設置。1972年(昭和47年)にはセンターハウス北側から大広見池に通じる地下道が完成し、公道を横断せずに東コースに行くことができるようになりました。
「森林公園ゴルフ協会」として発足したゴルフ場の運営委託団体は、その後、統合再編により1970年(昭和45年)に「森林公園協会」、1999年(平成11年)に「財団法人愛知公園協会」となりました。そして2007年(平成19年)4月以降は、PFI事業者である「森林公園ゴルフ場運営株式会社」による運営がスタート。新たな歴史が始まろうとしています。
関連リンク:愛知県森林公園HP